タイトル画像

治療の目標

2015.06.26(00:25) 355

治療の目標。

当たり前のように考えていて深くは考えないことも多いのではないでしょうか?
1つ「痛みを取ること」を挙げることは多いのでは?

頭痛や腰痛を訴える方は多いです。
しかし、単に痛みを取り除くことは正しいことなのか?
治癒のプロセスの中で、必要な痛みもあるのではないのか?
痛みが生じているおかげで、安静にしておく必要性を理解する。
必要に応じて生じる炎症、腫脹などのカラダのサインを消すことが治療の目的なのか?

痛みが出ている今だけを見るのではなく、
痛みが出てしまったプロセスを知ること。

痛みが出ている段階であれば、整形外科的テストなど、陽性か陰性かの
2択で状態を把握することができますが、
その過程を知るためには組織に聞くしかありません。
こういった、治癒のプロセスを聞き取る行為を
「組織の対話」と表現するのではないかと考えています。

相手にコンタクトをすることで
様々な情報を得られることができます。

組織に入ることで、その情報はより鮮明に得られます。
もしくは、プロセスの中で情報を得ていきます。

治療をどこから始めればよいのか?
1か所にどれだけ時間をかければよいのか?

治療テクニックは多ければ、引き出しが多くなるような気がしますが、
テクニックに酔いしれ、いつの間にか、テクニックを患者さんに押し付けている。

対話は距離感と間のとり方が重要です。

テクニックを強いるだけでは、相手の声を聴けません。
相手に近すぎても声は聴けませんし、不快な思いをさせます。

テクニックは術者が優位な立場で決めるのではなく、
相手の意見も尊重するべきです。

そのために、対話をとるべき相手を見つけ、傾聴する。

必要に応じて、相手の求めるものに応じてこちらが、
テクニックとして応答する。

その反応が返ってくる。

治療はその繰り返しだと、シンプルに最近は考えています。


どれだけの時間、治療が必要なのかは「患者が時計」という言葉に表れています。
中途半端な治療だと相手は受け入れないばかりか、
腹を立てて余計に症状が悪化するという反応で返してきます。

相手の組織がなぜ、そのようになったのかを見つめ直すことで、
ただ単に組織の硬さが問題なのか?
ただ単にアライメント(脚長差など)が崩れているのが問題なのか?
ただ単に痛みが出ているのが問題なのか?
捉え方は変わるのではないでしょうか。

原因に気を取られすぎるあまりに、
治癒のプロセスを見落としがちです。


私が勤めている病院は維持期です。

オステオパシーを学んだ仲間からそういった領域で
「プライマリー病変は何だ?」

と聞かれることがありますが、
どの時期を指してのプライマリー病変なのか?

その場で生じている症状のプライマリー病変なのか?

そんな、粗さがしのようなリハビリは行っていないので、
単純にどこだとは答えられません。

その人の人生の中での今、求められる声はいつも違うように聞こえます。


こんな表現をすると、その人から目を背けているかと思わせますが、
その場で患者さんの痛みなどの症状が変わらないことは
別に気にすることではないのだと思います。

その人の治癒のプロセスでその先を見据えられているのであれば。

治癒のプロセスを歩みだすのは患者さん自身です。
私たちはその手助けをしているのであって、
症状をなくしてそれを治すといっているのでないのです。

まだまだ、出来ることはたくさんありそうです。




理学療法士、日々、勉強


<<健康と病気 | ホームへ | 何がほしい?>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://takahiromakimaki.blog.fc2.com/tb.php/355-0e392e7e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)